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概要・ご挨拶

NPO法人日本視覚障害者柔道連盟について 嘉納先生像の写真

【概 要】

NPO法人日本視覚障害者柔道連盟の変遷と国際情勢

1986年(昭和61年)3月29日に「視覚障害者柔道の普及発展及び視覚障害者の社会参加と自立」を目指して、日本視覚障害者柔道連盟(村谷昌弘初代会長)を設立しました。この組織を母胎に同年11月に講道館において皇太子殿下(現天皇陛下)をお迎えし、第1回記念全日本視覚障害者柔道大会を開催することができました。この記念すべき大会を期にパラリンピックをはじめ国際大会に数多くの選手を派遣し、輝かしい結果を残してきました。
また、任意団体であった本連盟は、2008年(平成20年)12月22日に「特定非営利活動法人日本視覚障害者柔道連盟」(笹川吉彦前会長)として東京都知事から認証され現在に至っています。
一方、国際的には、1981年(昭和56年)にIBSA(国際視覚障害者スポーツ連盟)が結成され、世界選手権大会、地域選手権大会(アジアではフェスピック、広州大会からアジアパラリンピックに代わる)などの国際大会が盛んに行われるようになりました。
1988年ソウルパラリンピックから正式種目になった視覚障害者柔道は、大会を重ねるごとにその規模を拡大し、各国選手の参加意識を高め、技術の向上を図ってきました。さらに、アテネ大会からは女子の競技が正式種目になるなど大会組織がいっそう充実してきました。特に諸外国においては、ヨーロッパ、アジアを中心に、組織体制を強化し、選手育成が急速に進んできています。

【ご挨拶】

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このたび、特定非営利活動法人日本視覚障害者柔道連盟会長に就任いたしました。甚だ微力ながら今後の視覚障害者柔道の発展、とりわけ柔道は視覚障害を有していても十分に取り組めるスポーツでありますから、柔道をより多くの視覚障害者に普及させ、心身共に健全な人間を育成していくために、全力を尽くす所存です。また、視覚障害を有する柔道家が、国際舞台でもできる機会を増やし、視覚障害者柔道を世界に普及させるための、本連盟としての責任を全うしたいと思います。

NPO法人日本視覚障害者柔道連盟
会長 竹下義樹

【クムトパス君】

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クムトパス君の名前の由来は、視覚障害者柔道が組み合って始まることから組む(クム)、あるいは人の気持ちを汲む(クム)などのワードとイメージキャラクターのタコの英語名がオクトパスであることから組み合わさってクムトパス君と名付けられました。

【沿革】

1986.3.29日本視覚障害者柔道連盟を設立(村谷昌弘初代会長)
1999.4.1日本パラリンピック委員会(JPC)に競技団体として加盟
2008.12.22特定非営利活動法人日本視覚障害者柔道連盟として、東京都知事から認証
2004.5.1国際合同合宿を実施 (オーストラリア、中国、イタリア、ハンガリーから選手18名・役員8名が参加。徳島県鳴門市)
2012.5.27第14回パラリンピックロンドン大会代表候補選手選考大会開催
2016.5.4第15回パラリンピックリオ・デジャネイロ大会代表候補選手選考大会開催予定

第8回ソウルパラリンピックの時の選手集合写真第8回ソウルパラリンピックの時の選手集合写真
第5回フェスピック神戸大会 表彰式の写真第5回フェスピック神戸大会 集合写真
第9回バルセロナパラリンピック 試合時の写真第9回バルセロナパラリンピック 集合写真
第8回ソウルパラリンピックの時の選手集合写真第8回ソウルパラリンピックの時の選手集合写真
第5回フェスピック神戸大会 表彰式の写真第5回フェスピック神戸大会 集合写真
第9回バルセロナパラリンピック 試合時の写真第11回シドニーパラリンピック 集合写真
第9回バルセロナパラリンピック 集合写真
2001年北京交流試合の写真IBSA世界選手権(ケベック)集合写真
第12回 アテネパラリンピック 選手の集合写真
第12回 アテネパラリンピック 表彰式の写真第13回 北京パラリンピック 試合の写真
第13回 北京パラリンピック 表彰式の写真第14回 ロンドンパラリンピック 選手の集合写真
第14回 ロンドンパラリンピック 表彰式後の選手の写真記念大会 第1回大会の写真
記念大会 第20回大会 皇太子殿下ご臨席の写真平成3年 国際障害者柔道大会の写真